家族や友人から「あなたには無理よ」「どうせできないんだから止めておけば」「大変だね、かわいそうだね」などと言われ、いろいろなことを諦めたり、自分に自信が持てないということはありませんか。

これらの言葉は一種の「呪文」とも言えるでしょう。頭に残り、その後の人の行動を縛ったり、自信を失わせ、その通り信じて生きるようにしてしまうのです。しかしこういった言葉に惑わされて生きるのも、惑わされないで生きるのも、実はあなた自身が選択できるのです。

生まれたときから人を縛る呪文

私たちは産まれた時から、このような呪文に縛られています。乳幼児期は、姿形を見て周囲から色々と言われることでしょう。「かわいそうに、一重だわ」「うちの子は小さくて細くて体が弱いのよね」「髪の毛が薄いわ、将来が心配ね」といった言葉は、その子にマイナスのイメージを植え付けるでしょう。

小学生以降になると、「A君は勉強ができるのに、あんたったら」と勉強や運動面で言われたり、「お兄ちゃんはしっかりしるのに、あんたはお調子者ね」「お姉ちゃんに比べて器量が良くないから、手に職をつけるしかないわね」などきょうだい間で比べられたりするものです。親だけでなく、先生や友達からもそういった言葉を浴びることでしょう。

呪文のシャワーが人を縛る

こういった言葉のシャワーを浴びると、人は自信をなくし、身動きが取れなくなるものです。言った本人は何気なく言った一言でも、頭にずっと残り、その人の思考や行動を支配します。

たとえば「自分は一重だから彼氏ができない。友達も少ないんだ」と、何でも一重のせいにしてしまう思考癖がついてしまうでしょう。「一重だから男の子と話すのも自信がない」と、行動が制限されることもあるでしょう。アイプチをしたり、アイメイクを研究したり、整形をするという行動に出ることもあります。

こういった言葉に縛られたことが、あなたの人生でも一つくらいないでしょうか。

選択権は自分にある

周りから様々な言葉をかけられると気にするものですが、それは「自分を縛る呪文だった」ことにまずは気付きましょう。親や友達に言われると信じてしまうものですが、それはあくまで「その人の価値観」であり、「自分の価値観」とは別物です。

完璧な人間などいませんから、相手の価値観が全て正しいということはあり得ません。あなたに嫉妬して、わざとひどい言葉をかける人もいるでしょう。劣等感が強く、優位に立ちたくてわざと相手を貶めるという人もいます。

たとえまぶたの一重が事実だとしても、二重が好きな人もいれば、一重が好きという人もいますし、全く気にしない人も多いものです。結局自分が一重ということに、変わりはありません。変わらないのなら劣等感を感じていじけるよりも、自分を受け止めて堂々としていた方が、周囲には魅力的に移ることでしょう。何より呪文に縛られない方が自分自身が生きていて楽ですし、自分を楽しもうと思えます。

周囲から何を言われたとしても、その言葉を信じる・信じないの選択権は、あなた自身にあります。呪文に縛られたままでは、いつまで経っても苦しみから逃れることはできません。自分のありのままを受け止め、自分らしく生きる勇気を持ってみましょう。

訓練を重ね、自分を大切にしよう

残念ながら、こう言った呪文は、今後も続いていくものです。人がいればそれだけの価値観がありますから、様々なことを周囲から言われることでしょう。しかしそれは「相手の価値観」であり、そう思う人もいるんだと思いつつも、「自分はこう思う」と明確に線引きをしましょう。あなたが自分の価値観を大切にするようになれば、周囲もそれを感じ取り、色々と言われること自体が減っていくでしょう。

何か言われても、「あっ、また呪文が来たな。これは自分と他人の価値観を分ける『訓練』だ。あの人はそう思うけれど、私はこう思って生きていく」と捉え、一種の修行と思い、自分の意見を大切にしていきましょう。こういったことを重ねていくうちに、自分の価値観を大切にするという気持ちが、強く持てるようになるでしょう。

宮野 茉莉子