企業戦略としての選択と集中の事例とそのメリット・デメリット

はじめに

選択と集中はオーストリアの学者、ピーター・ドラッガー氏が唱えた概念ですが、広く知られるようになったのは、米国の世界的大企業ゼネラル・エレクトリック(以下GEと表記)社のCEOとなったジャック・ウェルチ氏が自社立て直しに選択と集中を企業戦略として実施したことがきっかけでした。日本企業での活用事例を通して、この選択と集中についてのメリットとデメリットを考えてみましょう。

目次

1. 選択と集中の意味とは?
2. 選択と集中がジャック・ウェルチによって始まったといわれる訳は?
3. 選択と集中を取り入れた日本企業の事例
4. 日本企業に見る選択と集中の失敗事例
5. 研究や教育業界に選択と集中を取り入れるメリット・デメリット
6. 医療現場に選択と集中を取り入れることのメリット・デメリット
7. 選択と集中を多様化と融合させる可能性

1. 選択と集中の意味とは?

選択と集中という概念は、企業戦略のひとつで、以下のように定義されています。

大企業が取り扱っている多種多様な製品の中から、特定の事業を選別し、その事業に組織や経営資源を集中させ、効率化や業績向上を目指すこと。

つまり、多くの事業の中から利益の大きい事業を選別し、そこの経営資源であるヒト、モノ、カネ、情報の4要素を集中させることで、大きな利益を生み出し、事業価値を最大化させよう、ということです。

選択と集中には、以下のようなメリットがあります。

  • 不採算事業を切り離すことで、大幅なコスト削減と経営の効率化を図ることができる。
  • 得意分野での飛躍的成長が期待できる。
  • イノベーションを生み出しやすい。
  • コスト低減をベースに価格を安くすることで集客を行うことができる。
  • コストリーダーシップ戦略を展開することで、市場の占有を狙うことができる。

これらのことから選択と集中には、企業業績のV字回復の効果が非常に期待できるということがいえるのではないでしょうか。

2. 選択と集中がジャック・ウェルチによって始まったといわれる訳は?

選択と集中という概念は、アメリカの大企業GE社において、当時のCEOジャック・ウェルチ氏が経営の立て直しに成功したことから脚光を浴びるようになりました。しかし、その言葉の生みの親であるピーター・ドラッガー氏をコンサルタントに迎えいれたことから始まったという事実は実はあまり知られていません。

当時のGE社は多角化戦略によって企業規模を拡大し続けており、業績は好調ともいえる状態でした。しかし、ドラッガー氏のコンサルティングを受けたウェルチ氏は、全体の約90%の収益を上げていた15の事業のみを選択し、残りの335の不採算事業を切り離してしまうという大胆な経営方針を断行したのです。切り離された事業には、100年以上GEの中核をなしてきた家電部門も含まれており、当時の社内からは大きな反発が起こりました。

それでもジャック・ウェルチ氏は、『世界で1位か2位になれる事業だけに注力する』という基準で選択と集中を断行し、その結果GE社を飛躍的な成長に導くということを見事にやってのけたのです。

ジャック・ウェルチ氏が断行した選択と集中は、特化した事業以外をリストラし、ダウンサイジングするという手段でした。もし失敗していれば、取り返しのつかない結果を招く、かなりリスキーな経営手段だったといえなくもないわけですが、それをやり遂げたというところが、ジャック・ウェルチ氏が「伝説の経営者」といわれるゆえんなのでしょう。

また、ドラッガー氏が選択と集中という概念を標榜していたとしても、ジャック・ウェルチ氏が実践し、成功していなければ、有力な企業戦略としてビジネスシーンに認知されることはなかったのかもしれません。

3. 選択と集中を取り入れた日本企業の事例

日本企業にも選択と集中の成功事例がいくつかあります。

日立製作所

日立製作所は、バブル崩壊をきっかけに業績が低迷し、2009年のリーマンショックにより過去最大の損失を計上する結果となりました。この苦境に会長兼社長に抜擢されたのは、子会社二社の会長を兼任していた川村隆氏でした。

川村氏は『脱・綜合電気』を掲げ、今後の市場変化を見据えて、情報通信やインフラ事業に特化する方針を選択しました。その結果、不採算事業をダインサイジングし、19社あった上場子会社を11社にまで絞りこむことで、3年後には過去最高額を計上し、経営のV字回復を果たしたのでした。

川村氏は子会社会長から本体の社長兼会長に抜擢されましたが、そのキャリアは同じく子会社から抜擢されたジャック・ウェルチ氏を彷彿とさせます。しかし、選択と集中の手法においては、ジャック・ウェルチ氏が徹底的にリストラと事業のダウンサイジングを断行したのに対して、川村氏は事業のダウンサイジングは徹底しましたが、それほど厳しいリストラは行っていないという点で違いがあります。これは川村氏が、日本企業が終身雇用制度で成り立っているという点を配慮したということなのでしょう。

武田薬品工業

武田薬品工業は、かつて医薬品だけではなく、動物薬事業、ビタミンバルク事業、化成品事業、食品事業、農薬事業、生活環境事業といった多くの事業を抱えていました。経営は好調でしたが、当時の社長、武田國男氏は、体力のあるうちに事業構造の転換を図るため、1995~2000年の中期経営計画で、「医薬品特化」の経営方針を打ち出しました。

医薬品以外の事業は、他企業へと売却されることになりましたが、武田氏は非医薬品事業に従事してきた従業員が、新しい会社で働きやすいよう、ジョイントベンチャーの方式を取って、緩やかに譲渡をすすめました。ジョイントベンチャーとは、保有する株式を事業の売却先にすべて売り渡さず、一定期間その一部を保有し続けることで、売却先の企業に移籍した従業員の雇用条件などをすり合わせるというやり方です。

売却した事業には、黒字事業も含まれていたため、社内からの反発もありましたが、売却先には、それぞれの分野のリーディングカンパニーを選択し、緩やかな譲渡を実行するなど、従業員に配慮した方法をとることで、医薬品に特化したスリムな企業へと生まれ変わることに成功しました。

4. 日本企業に見る選択と集中の失敗事例

一方で、日本企業にも選択と集中を経営方針として実施し、失敗した企業があります。

シャープ

シャープは百年以上続く大手電機メーカーの老舗企業で、それまで多くのヒット商品を世に送り出してきました。その中でも特に、液晶テレビや液晶画面は高い評価を得ていたわけですが、そこでシャープはさらなる飛躍を目指し、液晶テレビを生産するための大規模な工場を三重県亀山市に建設したのです。

この選択と集中を実施した結果、液晶テレビは『世界の亀山』と評され、シャープの採算向上に大きく貢献することになりました。

しかし、液晶テレビ「アクオス」でいったん国内シェアNo.1の座についたものの、シャープの絶対的首位は長くは続きませんでした。というのも、サムスンなど、外国企業の技術向上により、液晶価格が大幅に下落してしまったからです。

シャープは、亀山工場建設に巨額の設備投資をしていたことが足かせになり、巨額の赤字企業と転落しました。その後シャープは選択と集中によって生じた損失をカバーすることができず、外資企業の傘下となってしまいました。

パナソニック

パナソニックの選択と集中は、プラズマテレビ事業への特化でした。

パナソニック六代目社長は創造と破壊をモットーに、大規模リストラなどを実施。創業者である松下幸之助氏のビジネスモデルを破壊することから始めました。そして六代目社長が選択した創造が、プラズマテレビへの巨額投資だったのです。

この選択と集中は、一時的に膨大な利益をあげることに成功しました。しかし、その後の液晶テレビの台頭で、プラズマテレビの需要が下降。ついには2兆円近い赤字となり、その穴埋めとして内部留保はすべて吐き出し、さらなるリストラを実施せざるを得ない状況に追い込まれる結果となりました。

5. 研究や教育業界に選択と集中を取り入れるメリット・デメリット

選択と集中は企業戦略としてよく知られていますが、これを研究や教育業界の場に取り入れるとしたらどうでしょうか?

研究業界

日本でも世界的にも、研究は数限りなく行われていており、対象も多岐に渡っています。

その中でも研究形態の一部として、企業が大学側に費用を提供して、産学共同という形で進められる研究があります。これなどは選択と集中の一つの形と言えるでしょう。産学協同というのは、研究業界にとっては、選択と集中のメリットを享受している成功例と言えます。

しかし、一方でその研究が社会貢献や経済的効果がないという観点から、切り捨てられる、ダウンサイジングされるということになったらどうでしょうか。企業内であれば、採算部門に特化して、不採算部門を切り捨てるということは、企業の生き残りのためには必要な経営手法といえます。しかし、その研究が必要なことかどうかを判断することは、非常に難しいことといえます。というのも、研究の結果はすぐには出ないからです。ましてや、人類の未来に役に立つかどうかを、今判断しようとすることは非常に困難で、採算性がないからやめてしまうという選択は早計にすぎるといえるでしょう。

教育

例えば、科学技術の分野に特化した有能な人材を確保するために、関連した分野の教育に、集中的に社会資本を投入するという選択と集中を実行するとしましょう。その教育の結果、科学技術の分野を担う逸材が何人も登場し、未来を大きく変えるような発明を立て続けにしたとしたら、それは選択と集中が成功した事例といえるでしょう。

しかし、結果が見えないからと、それ以外の教育分野に割く資本が縮小され、例えばスポーツや芸術という分野の教育が手薄になってしまったとしたらどうでしょう?それは、その国の未来にとって、望ましいことなのでしょうか。

教育内容を選択し、どれかに集中するということは、非常に判断基準が難しいものなのかもしれません。

6. 医療現場に選択と集中を取り入れることのメリット・デメリット

では次に、医療の現場に選択と集中を取り入れるということについて、考えてみましょう。

病院は企業のひとつです。そして、特に総合病院などでは赤字に悩んでいるところも多いと聞きます。このため、赤字経営に陥っている病院は無駄をなくし、赤字体質から脱却する必要があります。そのための手段として選択と集中が導入されることも必要であるといえるのでしょう。

実例:病院の再生

ある地方での話です。黒字経営の共立病院と、隣町にある万年赤字経営の市立病院が合併することになりました。その際、共立病院の院長が、新病院の院長として就任したのですが、新病院は市立病院の赤字を見事吸収し、黒字経営でスタートを切ることができたのです。このとき新院長が行ったことが、まさに選択と集中でした。

新院長は、共立病院時代から、その地方の患者さんは、比較的年配者が多いということをリサーチしていました。そこで、医師を始め病院の様々な設備や人材を、年配者に特化したものにしました。そして、設備が高額で利用件数が少ない検査については、外部の大学病院などに委託をすることにしたのです。

これは医療にも選択と集中がメリットをもたらすことを証明した事例といえるでしょう。

ただ、病院経営という面においては選択と集中は有効ですが、医療そのものについては、そうとはいいきれません。というのも、医療には社会貢献という側面があり、医学の研究にしても治療にしても、成果が上がらないから切り捨てる、というわけにはいかないからです。

医療に関しては、選択と集中が必要な面と、そうではない面とが共存しているといえます。従って、医療現場での選択と集中は状況に応じて判断されるべきものといえるのかもしれません。

7. 選択と集中を多様化と融合させる可能性

選択と集中は企業経営戦略上、有効な手段であることは実証されています。アメリカのGE社のジャック・ウェルチ氏による改革や、日立製作所の川村隆氏の改革が、その成功例です。

一方、電気メーカーのシャープやパナソニックは、選択と集中に失敗し、一点に経営資源を集中させてしまったことが裏目に出て、大きな赤字を抱えることになりました。これらの例は、特定の事業に特化した結果、特化した事業の市場に追従できなくなってしまったことが原因といえます。

失敗の例から見えてくるものは、企業は利益を得るために事業を選別し、集中して資本投下をすると、市場の変化に対応する柔軟性を失いやすいということです。かつてGE社が多角化経営から脱却することで巨額な利益を生んだという成功例の陰で切り捨てた、市場の多様化というもうひとつ面が見直される時期にきているのかもしれません。

現代社会において市場は多様化しています。選択と集中による利益追求と、市場の多様化に柔軟に対応できるよう複数の事業を持つという選択肢、双方を融合させる戦略が、今後必要とされることになるのでしょう。

おわりに

選択と集中という手法は、企業の経営戦略上、大変有効な手段です。企業の経営資源を集中的に投下することで短期間に業績をV 字回復する効果があります。しかし一方で、市場の変化に柔軟に対応する適応能力に欠けるというデメリットもあります。今後の企業経営においては、選択と集中による業績向上と、市場の多様化に対応できる柔軟性の融合が求められることになるのでしょう。

LIMO編集部

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LIMO編集部は、国内外大手証券会社で証券アナリストや運用会社のファンドマネージャーとして長年の調査や運用経験を持つメンバーを中心に構成されています。金融・経済ニュースや投資に関する知識・アイデア、ビジネスパーソンの役に立つ情報ををわかりやすくお届けします。