はじめに

雇用の流動化が進みつつある昨今、転職に伴って、生涯に複数回会社を退職することになる人が増えています。また、定年まで勤めあげるつもりで働いていても、事故や病気、親の介護など、やむなく会社を退職しなければならないときが、突然やってくるかもしれません。

退職後、当面の生活費として、多くの人が頼りにするのが退職金ですが、会社によっては、支払われないということもあるようです。人生のターニングポイントで思いがけず足をすくわれないためにも、退職金についての正しい知識を身につけて、いざという時に備えましょう。

目次

1. そもそも退職金とは?会社は退職金を払う義務はない
2. 退職金にも種類がある?実はいろいろある退職金
3. ウチの会社の退職金は?勤務先の退職金制度の調べ方
4. 退職金には税金がかかる?
5. 退職時の税金が還付される?退職金で損をしないための方法
6. 退職金をもらう時は申告書の提出が必要?手続きをしないと‥‥
7. 退職金制度がない企業は案外多い?勤務先に退職金制度が無い時は

1. そもそも退職金とは?会社は退職金を払う義務はない

退職金とは、それぞれの会社の制度であり、法律で会社に義務づけられたものではありません。

「えっ?」と思う人もいるかもしれませんが、退職金とは、あくまで会社が福利厚生のひとつとして設ける制度であり、一定期間務めた社員に対して、今後の生活の安定や、慰労を目的として支払われるものです。このため、会社の就業規則に特段の定めがなければ、原則として、会社が社員に退職金を支払う義務はありません。
このため、お給料の額につられて転職した会社で、「さぞ退職金もいい金額になるのでは。」と期待して退職願をだしてみたら、実は、その会社には退職金制度がなく、「あれっ?退職金は?」となることも、充分にありうるのです。

退職金が支払われないと、それがある前提で退職後の生活設計をしていた人にとっては、かなりの大ダメージになります。退職を決めたあとに慌てることがないよう、自分の会社の退職金制度があるのかどうかを、今のうちに確認しておくことをおすすめします。

また、税法上、退職金は「退職所得」という「退職という出来事によって一時的に発生した給与」という扱いになります。つまり、もらった金額に応じて、所得税や住民税といった税金の支払い義務が生じるわけです。丸々自分のものになるのではないという点に、注意しましょう。

なお、一般的な退職金以外にも、解雇予告手当や生命保険等に払い戻し、といった退職一時金とよばれるものがあります。これらもすべて、退職所得に含まれますので、こちらにも一定の割合で税金がかかることになります。

2. 退職金にも種類がある?実はいろいろある退職金

退職金ときくと、「退職したときに一度にまとまったお金をもらう」というイメージが強いようですが、そんなことはありません。

以下、退職金の種類についてみてみましょう。

【退職一時金】
勤続年数や給与の額に応じ、会社の規定で決められた額が一括で支払われます。

【企業年金】
年金と同じように、一定期間、一定の額がコンスタントに支払われます。まとめて受け取るよりも、生活設計がしやすいのが特徴です。企業によっては、退職一時金を受け取ったあとに、ひきつづきこの企業年金を支給してくれるところもあります。

【前払い】
退職金に相当する金額が、毎月の給与やボーナスに分割して少しずつ支払われるものです。ただし、これを採用している企業は、ほとんどないようです。

ちなみに、2001年から登場した、「日本版401k」とよばれる確定拠出年金のうち、企業が掛け金を負担する企業型確定拠出年金は、企業年金の一種になります。これは、在職中に会社が拠出金(掛金)を積み立て、運用し、それを退職金代わりに受け取ることができるというものです。

3. ウチの会社の退職金は?勤務先の退職金制度の調べ方

「自分が勤めている会社は、退職金を支払ってくれるのか。」ということは気になりますが、なかには、「人事や総務に、わざわざそれを確認するのは気が引ける。」という人もいらっしゃるのではないでしょうか。

ここでは、会社に退職金制度が用意されているのかどうかを簡単にチェックするポイントについて紹介します。

【給与明細】
退職金制度がある会社の場合、毎月いくらかが給与から天引きされていることが多いようです。この場合、給与明細には、「退職金掛金」「企業年金掛金」というような項目が載ることになります。単純に退職金制度の有無を確認するだけであれば、ここをチェックするのがおすすめです。

【就業規則】
会社に退職金制度が用意されている場合、通常、就業規則には「退職金規定」が設けられます。この退職金規定には、通常、退職金の金額や、支払い方法、支払日などが明記されていますので、「将来、どれくらいの金額をどのように受け取ることができるのか。」が知りたい場合は、この就業規則のチェックがおすすめです。

とはいえ、「就業規則の確認なんて、それこそ人事や総務に聞くより、ハードルが高いのでは。」と思う人もいるかもしれませんね。でも、大丈夫です。就業規則は、常時10人以上が勤務する会社であれば、必ず定めるように法律で定められており、同時に、会社には、労働者がいつでも就業規則を確認できるようにすることが義務づけられています。このため、社員であれば、特別な手続きなしに、就業規則を確認できるようになっているケースが殆どです。

なお、就業規則の内容は変更されることがありますので、できるだけ定期的にチェックしておくことが望ましいでしょう。

4. 退職金には税金がかかる?

税法上、退職金は「退職金所得」として、ほかの給与所得などと同じく所得のひとつとして扱われます。そうなると当然「税金」がかけられることになります。

しかし、一般的に退職金は、給与に比べて高額となることが多く、支給された金額全体に対して課税をしてしまうと、かなりの金額を税金として支払わなくてはいけないことになります。退職後の生活資金の役割も持っている退職金に対し、高額の税金を課すのは、さすがに負担が重いということから、退職金(退職金所得)に対しては、「退職金控除」という、税金を軽減するための措置が用意されています。

退職金控除の上限は、勤続年数によって異なり、以下のように定められています。

【勤続年数が20年以下の場合】
40万円×勤続年数(ただし、80万円未満の場合は、80万円)
【勤続年数が20年を超える場合】
800万円+70万円(勤続年数-20年)
※退職金の額が、退職金控除の上限を超えない場合は、退職金の額を退職控除の金額とする。

なお、退職金所得の課税対象金額は、退職金所得―退職控除の1/2となります。

以下、具体例をみてみましょう。

<退職金60万円をもらったAさん(勤続5年)のケース>
Aさんの勤続年数は20年以下ですから、退職控除の上限は40万円×5年=200万円
60万円 < 200万円のため、Aさんの退職控除は60万円
このため、Aさんの課税対象金額は、(60万円―60万円)×1/2=0円(非課税)

<退職金2,850万円をもらったBさん(勤続30年)のケース>
Bさんの勤続年数は20年を超えるため、
退職控除の上限は800万円+700万円×(35年-20年)=1,850万円
このため、Bさんの課税対象金額は、(2,850万円―1,850万円)×1/2=500万円

ちなみに、実際に支払う税金の額は、課税対象金額をもとに計算されます。控除がない場合に比べて、かなり税金の負担が軽くなっているのがわかるでしょうか?

5. 退職時の税金が還付される?退職金で損をしないための方法

税金の負担を軽減するための措置が用意されている退職金ですが、さらにいったん支払った税金を取り戻す方法もあります。

【年の途中で退職した場合】
通常、所得税は、毎月の給与から天引きされています。しかし、この所得税の金額は、月々の給与額から算出した仮の金額であり、本来支払うべき所得税の金額は、年間の給与額をトータルして求めるものとなっています。この、差額を計算し、払いすぎた税金を還付してもらう、というのが毎年年末に行われる年末調整ですが、年の途中で退職した場合は、この年末調整を受けることができません。このため、年の途中で退職した場合、それまで支払われた給与から源泉徴収された所得税が、本来支払うべき所得税より多すぎる、という可能性が十分にあるのです。

本来支払うべき所得税より、天引きされていた所得税額が多かった場合は、確定申告をすることで、退職所得から徴収された所得税の還付を受けることができます。

なお、「年の途中で退職」で勘違いしやすいのが、「年度末の退職」です。一般的に、会社の事業は、4月に開始し3月で終了するといった「年度」の考え方で運営されているため、ともすれば、仕事のきりがよい年度末の退職=年の終わりの退職、と考えがちですが、所得税は「暦年課税」といって、あくまで1月~12月までの給与をもとに計算されています。このため、年度末=12月としている会社でない限り、年度末の退職=年の途中で退職、となりますので、注意が必要です。

また、年の途中で退職後、年内に再就職をした場合は、わざわざ確定申告をしなくても、再就職先で行われる年末調整で還付をうけることができます。特に、再就職先の給与額が退職した会社よりも低い場合、還付金額が大きくなる可能性が高いといえます。

なお、再就職先での年末調整時には、退職した会社の「給与所得の源泉徴収票」が必要になりますので、忘れずに取得しておくことをおすすめします。

【副業をしている場合】
もし副業をしていて、副業側の収支が赤字である場合、確定申告時に退職金所得と損益通算することで、税金の還付を受けられる可能性があります。退職金の確定申告は5年まで遡ることができます。もし、申告漏れがある場合は税務署に相談し、税金の還付を受け忘れることがないようにしましょう。

6. 退職金をもらう時は申告書の提出が必要?手続きをしないと‥‥

退職時には、退職金を受け取る時までに、「退職所得の受給に関する申告書」を退職する企業に対し提出することが所得税法で義務づけられています。また、会社側は、この申告書を保管し、税務署から求められれば提出しなければなりません。

「辞める会社なのに、何か提出しなければならないの?」とうんざりする人もいるかもしれませんが、これを提出しなかった場合は、退職金として会社から受け取ったはずのお金が、「退職所得ではない」とみなされ、月々の給与と同等の税率が課せられてしまう可能性があります。

ちなみに、「退職所得の受給に関する申告書」は、殆どの場合、会社側で決められた書式の用紙が準備されており、指定された金額を記入すればよいだけのシンプルな手続きとなっています。また、多くの場合、退職時に人事・総務の担当者から案内がありますので、忘れることは、まずないと思ってよいでしょう。不安な場合は、退職すると決まったときに、会社の人事・総務の担当者に確認しておくのがベターです。

なお、万が一、申告書の提出を忘れ、通常の所得と同じ割合で退職金から税金を取られていた場合には、税務署に相談のうえ、自分で確定申告をし、税金の還付を受けることになります。

7. 退職金制度がない企業は案外多い?勤務先に退職金制度が無い時は

実際のところ、退職金制度は、どのぐらいの企業で導入されているのでしょうか?

厚生労働省の発表しているデータによりますと、従業員数が1,000人以上の企業では、9割以上が退職金制度を導入しているという結果が出ています。しかし、同時に、従業員数が30人~99人の企業については、7割ほどしか退職金制度を導入していないという結果も出ています。つまり、従業員数30~99人の企業の3割では、辞めても退職金が支払われない、いうことになります。

日本の企業の約99%が中小企業であり、労働者の約7割は中小企業に勤務しています。このことを考えると、退職金が支払われないということが、意外に身近に起こりうる出来事であるということが、実感できるのではないでしょうか。

では、勤務先に退職金制度がないときは、どうしたらよいのでしょう?

退職金がもらえる場合、退職時にあまり貯蓄がなかったとしても、当面の生活費として、退職金をあてにすることができます。しかし、今の勤務先や転職先に退職金制度がない場合、退職後の生活が滞らないよう、自分で何らかの対策をとっておく必要があります。

なお、最近注目されているのは、積み立て型の投資信託や「iDeCo(個人型確定拠出年金)」です。

積み立て型の投資信託とは、投資者が月々一定額を支払いし、それをプロが運用し、その運用益を投資者に還元してもらうという金融商品です。元本割れのリスクはありますが、気長に運用することで、通常の預金の利子よりも、多くの金額を受け取ることが期待できます。また、積み立てNISAの制度を使うことにより、年間40万円までの投資金額に対する運用益が、非課税となるメリットもあります。

iDeCo(個人型確定拠出年金)は、企業型確定拠出年金とほぼ同じしくみですが、拠出金(掛金)の支払者が、労働者自身という点で異なります。積み立てて運用したお金は、60歳まで引き出すことができないという制約がありますが、積立金の運用益はすべて非課税で、なおかつ積立金は所得税の計算時の控除対象となりますので、節税メリットが非常に高いのが特徴です。

資金を若いうちから積み立て、運用しておくなど、将来受け取れる金額を増やすための布石を、なるべく早く打っておくことが重要なのかもしれません。

おわりに

退職金は、退職後の生活資金や起業のための元手など、人生設計の中でもとりわけ重要な地位を占めるお金といえます。しかし、よく理解していないと、「退職金がもらえる前提で将来を考えていたのに、会社に退職金制度がなかった。」「退職金はもらえたけど、書類の提出を忘れて、通常よりも高い所得税を払ってしまった。」など、落とし穴にはまってしまうことがあるかもしれません。

退職後の人生を順調に送るためにも、退職金について、いま一度じっくりと考えてみてはいかがでしょうか。

LIMO編集部