今、東京の地価に構造的変化が起きています。

ここ数年、23区内で分譲される新築マンションの値段が非常に高くなりましたが、その主な原因は、マンション事業者が都内の土地を仕入れる際に宿泊事業者と競合するため、仕入れ値が非常に高くなったことです。

今回はこうした変化とその背景についてまとめてみました。

不動産物件の価値はどう計算するのか

少し遠回りになりますが、まず不動産物件にどのくらいの価値があるのかを算出する方法から始めたいと思います。この試算にはいくつかの計算法がありますが、我々のような不動産業者や銀行の融資担当者がよく使う方法の一つが「積算法」。これは土地と建物の価値を積み上げて合算するものです。

たとえば、東京の板橋区に建つ、土地20坪、建坪25坪のシンプルな2階建て新築一戸建の場合、こんな計算をします。

【板橋戸建:積算法による試算】

土地の売買単価:坪150万円 → 20坪 × 150万=3000万円
建物の建築単価:坪70万円 → 25坪 × 70万=1750万円
合計:3000万円+1750万円=4750万円

一方、アパートなど収益目的の物件になると、想定する家賃収益から適正価格を求めることも多いですが、これは「収益還元法」といいます。

同じ板橋区で、土地40坪、建坪45坪、8室・木造、月額家賃6万円、築11年のアパートだとどうなるでしょうか。現時点で板橋区の中古アパートの期待利回りは6.5%くらいですので、以下のようになります。

【板橋アパート:収益還元法による試算】

6万円 × 12カ月 × 8室 ÷ 6.5%=8861万円

では、同じ物件を積算法で計算するとどうなるでしょうか。木造建物は耐用年数22年ですので、築11年経過していれば新築時の半分になる前提で計算します。

【板橋アパート:積算法による試算】

土地の売買単価:坪150万円 → 40坪 × 150万円=6000万円
建物の建築単価:坪70万円 → 45坪 × 70万円 ÷ 2=1575万円
合計:6000万円+1575万円=7575万円

つまり、同じアパートでも収益還元法で8861万円、積算法で7575万円ですから、両社の評価に17%の差が出ています。

築年数や土地の形状にもよりますが、東京23区内のアパートは、一般的に収益還元法が積算法より1~5割ほど高くなるケースが多く見られます。金融機関が融資する場合、収益還元法も積算法もどちらも重視しますが、中には収益還元法だけで融資を出す銀行もあります。

「民泊・旅館・ホテル」の出現による構造的変化

しかし、最近、我々不動産業者を戸惑わせているのが、インバウンド観光需要を背景に大量に出現した「民泊・旅館・ホテル」の存在です。

冒頭で書いたように、このところ23区内の新築分譲マンションの値段が非常に高くなっているのは、マンション事業者と宿泊事業者の競合で、土地の仕入れ値が上がっていることが主な要因です。

つまり、東京の土地利用形態が分譲マンションから宿泊施設へと、さらに高度化したことで、「新築マンションが売れない」、「駅近エリアがどんどんホテルや旅館になる」時代が到来しているのです。

東京の住宅街に続々と建つ旅館物件

宿泊施設は、1日~1週間という短期で旅行者向けに貸すので、うまく運営すれば月額家賃のアパートより高い収益が出ます。特に2段ベッドを置く宿泊施設なら、単位面積あたりの収益性も高くなります。

その結果、都内では「積算法では5000万円にしかならないのに、旅館運営を前提にした収益還元法では1億2000万円」というような物件が登場、流通しています。不動産のプロとしては、これをどう考えるか悩みどころです。たとえば、次のような点です。

  • 旅館運営を前提に高い値段で流通している物件の、本当の価値とは何なのだろう?
  • 旅館運営が想定通り回ればいいけれど、今後儲からなくなって運営会社が撤退したら、物件の価値はどこまで下がるのだろう?

もっと前向きに考えれば、今の日本は世界有数の観光立国になりつつあるため、特に東京や京都では、従来型の土地・建物の積算や、アパート・マンションの賃貸経営のみならず、「宿泊施設の運営」を不動産価値を構成する要素の一部として考えることが必要になっているというわけです。

そして、そのためには「宿泊事業者の事業計画を読みこむ」など、従来の不動産業者が持たなかったスキルを身につける必要が出てきます。

英国における「運営利益」前提の物件

不動産がこうした「運営の時代」を迎えている現象は、海外にもあります。たとえば英国では、2010年以降、学生寮や介護施設として運営利益を上げる前提の収益不動産が大量に出現しました。世界中に販売されており、日本人もたくさん買っています。

英国各地に続々と登場する介護施設

これらの物件、学生寮なら街中にあるケースが多いですが、介護施設となると田園地帯の地価がタダ同然の場所に建ちます。建物も地震がないのをいいことに、軽量鉄骨のような安い材料で8~9階建を平気で建てるので、建築単価も安い。その結果、土地・建物価値だけで見ればせいぜい300万円程度のものが1000万円で売られたりします。

それでも介護施設を運営する前提ゆえ、1000万円で買っても利回りが7~9%出るという話になるのです。構図的には「都内の宿泊施設」と同じですね。

こういう投資商品を売り買いするには、最低限、運営会社から介護施設の事業計画を入手し、理解する必要があります。事業者の運営実績、許認可関係、地域の介護需要と供給の関係、デベロッパーの財務状況など、いわゆる「デューディリジェンス」が必要というわけです。

不動産業者としては、これまで使わなかった頭脳をフル回転させなければならないので、”楽しいけれど大変”という時代になりました。

鈴木 学