メモでも財産価値を持つ直筆歌詞。清書ものなら1億円超えも

ビートルズの直筆歌詞が1曲、1億1,000万円で落札されたニュースが駆け巡ったのはそう遠い記憶ではありません。サザビーズのオークションでコレクターの懐から大金を出さしめた、あの『A Day In The Life』をはじめビートルズの直筆歌詞が100曲超、50年の時を越えてついに姿を現しました。

100曲超のなかにはアイデア段階のものもあり、誰もが知っている完成曲との相違は見逃せません。ファンレターの封筒、額面12ポンド35セントと記された請求書、マネジャーをめぐる法律的な手紙の裏など、ひらめいた瞬間に大急ぎで身近なものに書きとめたことが窺えるもの。

水をこぼしたシミ、修正を加えた跡が残るもの、スペルミスが連発するものなど、産声を上げた一曲が成長して完成曲になるまでの試行錯誤が読みとれるもの。

こうした走り書きの“メモ”からは素顔のジョン・レノンやポール・マッカートニーの呼吸が読みとれるところから、今では高額で売買されるようになっています。きちんと清書された直筆であればなおさらで、ジョンの『All You Need Is Love』は1億円を超えるだろうと予想されています。

公式評伝作家が歌詞の面からビートルズ音楽に迫るレアな一冊

財産的価値を持った直筆歌詞は、転売を重ね、あちこちに散逸してしまいます。ビートルズ唯一の公式評伝作家、ハンター・デイヴィスは一曲、一曲を探し歩き、著作権交渉を重ねて一冊の書籍にして世に送り出しました。

「音楽の素養がなく、楽譜の読み書きもできなかった彼らに、どうしてあれだけの曲をつくることができたのか? 彼らはどこから影響を受け、インスピレーションを得ていたのか?」

世界を制覇し、解散50年を経て衰えるどころか逆に評価が高まり続けるビートルズ。移り変わりの激しいポップス界にあっては異例のことであり、ファンならずとも興味をかき立てられる謎です。

これまでも多くの音楽家や言論人が解明に取り組んできました。ただし、ほとんどがメロディーについて。現在、多くのヒット曲と同じように、ビートルズも先にメロディーができ、あとで詞をつけていたからでしょうか。

ホントに、メロディーだけでいいのだろうか? ハンターは、湧き起った疑問を解き明かすことをミッションとして課し、詞の面からビートルズ音楽の謎に迫ろうとしたのが著作のきっかけでした。

ハンターの著作は日本でも翻訳されて本年6月、『THE BEATLES LYRICS(ザ・ビートルズ・リリックス 名作誕生)』として刊行されています。

95%の税率に怒りを込めた『タックスマン』

オールカラー、479ページ。アルバムごとに章立てされ、イントロを含め、全15章。各楽曲は英語歌詞に、日本語翻訳付きで掲載されています。楽曲が完成されていく過程、プライベートな触れあいも記され、読みものとしても中身の濃い一冊です。

著作によれば、所得にかかる最高税率は95%。メンバーは全員「金にうるさいタイプではなく、とくにジョンは頓着しなかった」とはいえ、最年少のジョージには過重な負担だったようで、その怒りが音楽になったのが『タックスマン』。ジョージは曲作りのとき、ジョンに助けを求めたというエピソードが記されています。

しかしジョンは「ジョージが自分の助力を公表していない」ことを自伝で暴露するなど、メンバー同士の葛藤やいさかい、女性スキャンダル、噂の絶えなかった薬物疑惑についての記述もあり、身近にいた公式評伝作家の手で書かれているだけに説得力はバツグンです。

ほかにポールの弟マイケルが撮影した、高校時代のジョンとポールが双子のように見える一枚、加入したばかりでおどおどした表情を見せる若きジョージ・ハリスンの一枚、豪邸で暮らしながら常に一番狭い部屋のソファーで寝ころんでいたというジョンの私生活を写した一枚、ポールが妻リンダを連れて著者一家を訪れたときの一枚など、見逃せない写真の連続です。

リスクを恐れずチャレンジした時代を思い出す

巻末には多数のヒット曲を手掛けた作詞家、松本隆さんが寄稿。「成功するべく成功したのではなく…(中略)、オール・オア・ナッシングの賭けに勝って、大きな成功を収めた」と記しています。

ビートルズの音楽は、それまでにないものでした。成功しなかったら、下積みの一生だったことは明らかです。

リスクをとらなくなったといわれる現在ですが、リスクを恐れずチャレンジする若者が闊歩した時代が我が国にもありました。

ビートルズとともに青春時代を生きた人にはとりわけ格別な一冊になりそうです。自分が一番輝いた時代のものに接するとき、人は一番元気になるものです。

間宮 書子