「金融業とは極めてローカルなビジネスである」といった言説を聞くと、著者のように金融業界で生計を立ててきた者は一抹の違和感を覚え、反論の一つもしたくなるものです。マーケットと対峙していれば否応なくグローバルな情報収集は必須になりますし、マーケット間の連関性に無頓着な市場参加者は淘汰されていきます。

M&Aや相対融資といった、いわゆる「マーケット」がない金融行為にしてみても、「国際金融」を生業としてきた先人たちや海外の同朋の頼もしい後ろ姿に憧れ、追随してきた身としては「金融はローカルなもの」と断じてしまうことには直観的な拒否反応が出てしまうのです。

ところが、時間をおいてふとこの言説を咀嚼してみると、ある種の納得感を得てしまうことも正直に告白しなければなりません。確かに「グローバル」な金融取引を行おうとする時、ハードルとなってきたものは常に「ローカル」な問題であったと思い返してしまうためです。

金融における「国境」の意味

金融ビジネスにおける「国境」とは、ある制度と他の制度の間の相違点に他なりません。ここでいう制度とは、規制・法・インフォーマルな規範・慣習といった社会に埋め込まれたシステムを指し、そこに帰属する人間の社会行動の制約要因であると同時に道しるべとなるものです。

ある制度の中で許容される行為は細かく規律付けられており、その規律に反した者は明に暗に処分されることとなります。金融行為もその例外ではなく、その制度の中の規律に従わなければなりません。

たとえば、日本の銀行が、日本人の個人に対して提供している住宅ローン(例:住宅・敷地の抵当権を取り、30年、年利1%固定)をそのままスペインの個人に貸し付けることは現実的ではありません。必要ライセンスや抵当権の取り方は明示的に異なるものですし、不動産評価のあり方や借手たる個人の収入や職に関する価値観・考え方の違いは与信のあり方に大きな影響を与えます。

国際金融、あるいはグローバルな金融とは、端的に「国境」を超える金融取引であり、その本質は固有の制度と制度の間の相違点を理解・克服し、他の制度の中に自制度の顧客や資金を乗り入れさせる行為です。これは「グローバル化」という意味が時に内包する「均質化・同質化」という言葉とは異なり、差異を明確に認識した上で、その差異を乗り越える行為となります。

ここで必要となるのは、そのような金融行為をローカル社会に組み込まれているシステムに適合させること、また、他の制度に踏み入るために自制度と当該の他の制度との間の取り決めを遵守すること(外貨規制、租税条約、国際私法等)となります。

情報通信技術がかくも発展した時代にあっても、グローバルな金融機関が各国に支店網を敷くのはローカルな社会に埋め込まれたシステムに順応するためであり、国際金融取引が、ともすると複雑な仕組みを伴うのは、こうした制度間の相違を克服するための技術的な工夫の産物であるためです。

クレジット投資の本質

近年、世間の耳目を集めることが多い著者が属するソーシャルレンディング業界は、情報通信技術の発展と浸透から大きな恩恵を受けています。

情報通信技術は空間を超えた情報共有・処理を可能とするものであるため、出自からして「グローバル」「クロスボーダー」といった言葉との相性が良く、その恩恵を受ける当業界も「テクノロジーを利用した金融の民主化・ボーダレス化」といった文脈で語られることがあります。

ただし、この議論の下で行われる「越境」のための知見やノウハウは一朝一夕で習得できるものではありません。そこには、クレジット投資の本質と、その評価における「ローカル」に対する深い理解が必要となります。

基礎の議論となりますが、ソーシャルレンディングはクレジット投資に包含される領域であり、クレジット投資とは約束に対する”クレジット(信用)”への投資に他なりません。

クレジット投資における約束とは、キャッシュフローのスケジュール(利息の支払い・元本の返済をいつ行うのか)についてのものであり、債務者(債券の発行者・ローンの借入者)が債権者(債券の保有者・ローンの貸出者)に対して行う約束です。

信用に基づく約束の履行可能性についての評価を行うクレジット分析、与信判断においては、直観的にも実務的にも債務者が立脚するローカルな制度についての深い理解が必要となることは想像に難くないことです。

世界的に投資家が投資指標として信任するクレジット分析・調査機関であるMoody’sやS&Pも、グローバルに単一な記号尺度をクレジット評価のアウトプット(信用格付)として提供するものの、その内部においてはグローバルな評価手法とローカルの知見のすり合わせによるクレジット分析を行っています。

ソーシャルレンディングが果たす金融仲介機能

ソーシャルレンディングは新しい金融仲介機能として注目を浴びています。金融機関が有する機能のうち、金融仲介機能については、伝統的に①資産変換機能、②リスク負担機能、③情報生産機能に分類されます。

①は、たとえば、銀行が小口の「預金」を大口の「融資」に変換するように、ある金融商品を資金規模や年限、流動性の有無等が異なる形態に変換するものです。

②は金利収入の対価として一定のリスクバッファーを金融仲介の仕組みの中に組み込む(商品ストラクチャー、または銀行等の組織の中にデフォルト可能性を見積もり、一定の損失吸収余力を内包させる)ものです。

③は債務者の返済能力に関する情報収集・分析を行うことであり、一般に審査、モニタリングと呼ばれる機能となります。

ソーシャルレンディングが新しい金融仲介の担い手として期待される背景は、情報通信技術を活用した③の情報生産機能の革新性とそれによる債務者の広がり、②のリスク負担機能を緩和する一方での透明性の担保と投資家に対する高い利回り提供、加えて、投資家から見た投資の簡便性にあると考えられています。

ソーシャルレンディング業者はアメリカや中国での飛躍的な成長が観測されており、また、金融業界の保守本流である金融仲介機能に係るイノベーションであるがために、金融業界における重要性と注目度は日々高まっています。しかしながら、業界各社の国際展開については大きな発展余地を残しているのは偽らざる真実です。

この理由の1つに、自国で優位性を獲得した情報生産機能(たとえば、SNS情報やECでの購買履歴情報を活用した融資審査や債権モニタリング)を他のローカルで適用可能な形に調整することが容易ではないことが挙げられます。クレジット評価におけるローカルに対する理解の重要性は先に述べた通りです。

自国以外のローカルでも適応可能な普遍性をもち、かつ、それがこれまで与信に活用されてこなかった個別情報の処理に基づく革新的なテクノロジーによる簡便で正確な機能を有する事業者が出てくるのであれば、それは本業界でのFacebookやGoogleになり得るでしょう。

そうした夢のような技術を待望する一方で、技術屋ではない単なる金融屋の著者としては、現時点での唯一のソーシャルレンディング事業者の国際展開の道(=海外プロダクトを自国投資家に適切に提供する方法)は、①固有の制度の中に深い根を下ろしローカライズすること、または、②制度に根付いて発展したローカルの事業者を選別し信用に足るパートナーを見つけること、ではないかと考えています。

こうした事業展開は、「ローカルなグローバル」金融の世界の先駆者や他のプロダクト/事業モデルが通ってきた道を歩むことに過ぎません。

著者は、そのなんらイノベーティブではない金融業としての当たり前の道程を、新しく(そして革命的な)事業モデルを担いで歩むことができるか否かが、ソーシャルレンディング事業者が金融業界における「グローバルプレイヤー」となり、主要な地位を占めることができるか否かの分水嶺になるものと信じています。

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