会議室で「暑いから暖房を切ってくれ」という人がいた時、すぐに暖房を切ると他の人々から「寒いから切るな」と苦情が殺到するかも知れません。満足している人は黙っていて、不満な人だけが声を上げているので、その声に耳を傾けてしまうと多くの満足している人を不満に陥れることになりかねないのです。

今回は、このように黙っている人のことを考え、その「声を聞く」ことの重要性について考えてみましょう。

満足している人は黙っている

かつて、経済に詳しくない人が大蔵大臣になったことがあり、選挙区の高齢者から「金利が低くて困っている」と陳情を受けました。そこで「こんな低金利だと金利生活者が困るから金利を上げなければ」と記者会見をしたわけです。

金利は大蔵大臣ではなく日銀総裁が決めるわけですが、その話はさておくとして、翌日、大臣の地元では中小企業が怒鳴り込んできました。「金利が上がったら、俺たちは倒産だ」というわけです。

金利が低いことに不満を持っていた高齢者は陳情に来ましたが、満足していた中小企業は「このまま低金利を続けて欲しい」などという陳情には来ませんでした。そこで、大蔵大臣としては、「陳情に来ない人々は、金利について何を考えているのだろう?」と自問自答する必要があったのです。言うは易く、行なうは難し、ですが。

儲かっている企業は黙っているから景気判断の時は要注意

ドル高円安になると、輸出企業は海外から持ち帰ったドルが高く売れるので儲かりますが、黙っています。「儲かった」と言った途端に労働組合から賃上げ要請が、下請けメーカーから値上げ要請が来るとともに、悪くすると税務署まで引き寄せてしまうからです。

一方で、輸入原材料を多く使っている企業(以下、輸入企業)は「大変だ」と騒ぎます。「社員にはボーナスは出せません。下請けメーカーは値引き要請に応じてください。政府は我が業界を支援してください」と言うためです。

報道機関が輸出企業にも取材に行ってくれれば良いのですが、大きな声を出している輸入企業への取材の方が、取材先で歓迎されるので、そちらの取材が中心になります。そうなると、報道だけ見ている人々は、「ドル高円安で日本経済はボロボロだ」と考えるようになります。

反対に、ドル安円高になれば、今度は輸出企業が大変だと騒ぎ、輸入企業は黙りますから、やはり人々は「ドル安円高で日本経済はボロボロだ」と思うようになります。

しかし、そんな筈はありません。日本は輸出と輸入が概ね同額なのですから、円高でも円安でも、儲かる会社と損する会社が概ね同数であり、日本経済への影響は大きくないはずなのです。

儲かっている人だけが見える場合も

パチンコ屋やカジノに入ると、客の多くが儲かっているように見えます。しかし、その店が客に優しいというわけではありません。「朝から1,000人来店したうち、990人は負けて店を出てしまい、今でも店に残っているのは勝っている10人だけ」だからです。

パチンコ屋が客に優しそうだと誤解しても、それほど実害はありませんが、成功している起業家が「サラリーマンなんてバカらしい。若者よ、夢を持って起業して、俺みたいな大金持ちになろう」と言うのを聞いて、学生が就職活動を止めてしまったら大問題です。

起業をして成功した人の話は学生の耳に入りますが、起業して失敗して破産した人の話は学生の耳に入りません。「起業して成功した人の話を聞いたら、失敗した人は何を考えているだろう、と考えるようにしなさい」と指導はしていますが、言うは易く、行なうは難し、のようです。

クレーム客の要望を聞きすぎるな

メーカー各社は、客のクレームを真摯に受け止めて、製品改良に努めています。しかし、これも、慎重に行なう必要があります。「御社の製品を買ったけど、すぐ壊れた」というクレームを聞いて、頑丈な製品を作ろうとするのは良いことです。しかし、それにより製品が重くてデザインのダサいものになっては逆効果かも知れません。

「御社の製品は重くてデザインがダサいから買わなかった」という客は、わざわざクレームに来ないので、そうした客のニーズ(重さとデザインを重視)に気付けないかも知れないからです。

政府が、来日した外国人観光客に「日本のどこが好きですか? どうしたらもう一度日本に来てくれますか?」とアンケートすることは重要ですが、それ以上に大事なのは、日本以外を選んだ旅行者に「どうして日本を選ばなかったのですか? どうしたら日本を選んでもらえるようになりますか?」と聞くことです。言うは易く、行なうは難し、ですが。

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塚崎 公義