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インド準備銀行(RBI:インドの中央銀行)のラジャン総裁と言われても馴染みはないかもしれません。しかしラジャン総裁がインド経済の改善に果たした役割は大きく、その高い実績により市場からの信任は厚いものがあります。そのラジャン総裁が予想外の退任を公表しました。いったいインド経済に何が起きているのか、問題点を検証します。

  • 予想外のラジャン総裁退任の背景は?
  • ラジャン総裁でインドはどのように変わったか
  • インド経済の問題点と対処方法、ラジャン総裁の方針は正しい方向と思われる

インド中銀ラジャン総裁が退任:与党内での批判を受けた公算

インド準備銀行(RBI)は2016年6月18日、ラジャン総裁が9月に迎える3年の任期満了をもって退任する旨を公表しました。任期満了とはいえ、過去のインド中銀総裁4人が任期を延期されていたことに比べると3年での退任は異例と見られます。

インドの与党である人民党(BJP)の支持母体、ヒンズー教至上主義団体(RSS)がラジャン総裁の任期延長に難色を示したとの報道もあります。理由としてラジャン総裁が以前、講演でRSSのヒンズー教徒の価値観の押し付けに対する批判をしたことがあげられています。その結果、同団体を支持基盤とするモディ首相が突き上げられたとも報じられています。

ジャイトリー財務相は、インド政府はラジャン総裁の業績を高く評価すると述べる一方で、財務相はラジャン氏の後任を近く発表する予定だとも述べています。

どこに注目すべきか:ラジャン総裁、固定資本形成、不良債権

ラジャン氏がインド中銀総裁に就任した2013年9月当時、インドは「フラジャイル5」(脆弱な5か国)などと呼ばれ、高いインフレ率や通貨安に苦しんでいました。しかし、ラジャン総裁は就任後、様々な対策を実施し、インドのインフレ率は低下、外貨準備高の増加などを受けルピーも安定性を取り戻しています。

ラジャン総裁が予想外の退任に追い込まれた理由に不透明な部分もありますが、むしろ注目はインド経済への影響と見ています。では、どこに注目すべきでしょうか?

最初に、インドの経済成長率はまずまずの数字が予想されており、問題がないようにも見られます。たとえば、国際通貨基金(IMF)は2016年の成長率を7.5%と予想、中国を上回っています。

しかし、問題は成長の内訳です。インドはインフラ投資など社会資本の蓄積が求められる状況でありながら資本形成の伸びが低水準で推移しています。経済が成長している主な要因は消費という構造になっています。

インドの投資は直接投資の流入などで2000年代前半は2桁の伸びを記録するなど好調な時もありましたが、足元は軟調となっています。理由の1つとして需要低下も問題ですが、供給サイド、つまり銀行の貸出が、不良債権の増加などを受け、下落傾向となっていることも大きな抑制要因と見られます。

ラジャン総裁は退任のメッセージでやり残した課題を2つあげました。1つ目は金融政策委員会での合議制の導入です。そしてもう1つが銀行のバランスシートの信頼性向上で、手始めに銀行資産の質の査定(AQR)を目論んでいました。

ラジャン総裁は、銀行のバランスシートには抜本的な外科手術が必要だとし、2017年までにすべての不良債権を開示し、引き当てを求めるなど厳正に問題に取り組む姿勢を示していました。

現状、インドの銀行の開示は不十分で不良債権の実態は不透明です。最近一部の民間銀行が想定以上の不良債権を公表したことで、ムーディーズ・インベスターズ・サービスなど格付会社は不良債権比率の見積もりを引き上げています。成長率予想はまずまずのインド経済ですが、不良債権には注意が必要な状況と見ています。

任期が延長されたならば、ラジャン総裁が取り組むと思われるのは銀行の信用力の改善です。痛みを伴う懸念はあるものの、インド経済のさらなる発展に寄与する可能性が高い取り組みで、国際経済の経験豊富なラジャン総裁の手腕に期待がかかっていました。

今後の注目点は後任者で、インド経済の問題に取り組んでいたラジャン総裁の流れを受ける人であるかどうかが判断の分かれ目になると見ています。

ラジャン総裁の路線を引き継ぐ人選であれば、市場への影響は限定的と思われます。しかし、ラジャン総裁が拒否された格好なだけに、インフレ率抑制や銀行の不良債権処理に消極的など、ラジャン総裁と反対の人が選ばれた場合には市場にマイナスの影響となる展開も想定されます。

なお、個人的にはインド準備銀行が情報公開に積極的なことを高く評価しています。金融政策会合後、ラジャン総裁は動画で会見を公開しています。新興国でここまで透明性の高い運営を行っているのはめずらしく、総裁が変わっても維持してほしいところです。

ピクテ投信投資顧問株式会社 梅澤 利文