現在、薄型テレビ市場で各社が最もハイエンドな機種に位置づけているのが、有機ELテレビだ。有機ELテレビに搭載されている有機ELディスプレーは、韓国のLGディスプレー(LGD)が世界で唯一量産しており、これを世界中のテレビメーカーに供給している。バックライトを要する液晶テレビと異なり、有機ELは自発光のディスプレーであるため深い黒を表現することができ(コントラストが高い)、液晶よりも応答速度が速いため、スポーツなど動きの激しい映像でもスムーズに表示できる。

 一方で、この「有機ELの次世代」を狙い、新しいディスプレー技術が商品化の時を迎えている。それが「マイクロLEDテレビ」だ。LED(発光ダイオード)という「光る半導体」を基板上に並べて画素に用いたもので、有機ELよりも寿命が長く、輝度も高く、消費電力を少なくできると期待されている。

 低コストの量産技術が確立されていないため、まだ驚くほど高価だが、2019年5月に開催された世界最大のディスプレー学会「SID(the Society for Information Display)」では、アップルのApple Watch Series 4用「LTPO有機ELディスプレー」とともに、韓国サムスンのモジュラーマイクロLEDディスプレー「The Wall」と、ソニーの超大型マイクロLEDディスプレー「Crystal LED Display System」がDisplay of the Yearに選ばれるなど、その技術と将来性に高い評価が与えられている。

サムスンはサイズラインアップ拡充へ

 サムスンが初めてマイクロLEDディスプレーを披露したのが、18年1月に米ラスベガスで開催された世界最大の家電見本市「CES2018」だ。146インチの4KマイクロLEDテレビ「The Wall」を初公開し、「世界初のコンシューマー用モジュラーテレビ」として紹介した。また、19年1月の「CES2019」では、家庭用テレビサイズとして初めて4Kの75インチを実現したほか、6Kで219インチのThe Wallも公開した。

 現在は、商業用のB2B製品として「The Wall Professional」、そして19年6月には家庭用ホームシネマ市場を狙った「The Wall Luxury」として商品化しており、20年には家庭用の大型製品までラインアップを増やす計画だ。

ソニーもホームシアター用に投入

 一方、マイクロLEDディスプレーを世界で初めて商品化したソニーは19年9月、米国法人のSony Electronicsを通じて、これまでB2B用途に販売してきたCrystal LED Display Systemを一般家庭用にも販売すると発表した。ホームシアターとしての需要掘り起こしを狙う。

 Crystal LED Display Systemは、これまでにNTTドコモ(東京都千代田区)のショールームや、資生堂の新研究所「資生堂グローバルイノベーションセンター S/PARK(エスパーク)」(みなとみらい21地区)などに納入実績があるほか、ソニーピーシーエル(ソニーPCL)を通じてイベントやプロモーション、ショールームや展示施設などにおけるレンタルサービスも行っている。

タイリングして任意のサイズに

 The WallとCrystal LED Display Systemに共通しているのは、黒い基板上に赤・青・緑に発光するマイクロLEDチップを等間隔に実装し、この基板を1ユニットとして複数をつなぎあわせ(タイリング)して、任意の画面サイズを実現する「モジュラーディスプレー」であるという点だ。

 例えば、Sony Electronicsのホームシアター用Crystal LED Display Systemは、18ユニットを並べてフルHDの110インチ、72ユニットで4Kの220インチ、288ユニットで440インチ、576ユニットで16Kの790インチを実現すると発表している。

一般消費者には手が届かない高価格

 サムスンは19年8月、北米法人を通じて、The Wall Professionalのモジュール(1ユニット)価格を初めて公開した。従来は受注生産で供給してきたが、モジュール価格の公開で量産へ弾みをつけるのが狙いだ。

 サイズ806.4×453.6×72.5mmのモジュール価格を2万33ドル(約212万円)に設定した。The Wallの基本モデルである146インチを構成するには横×縦4枚ずつ、計16モジュールが必要で、これに補助モジュール2個を加えた18枚のモジュールを供給する。これらに設置費用と手数料を含むと、The Wall Professionalの1台あたりの価格は40万ドル(約4240万円)になるという。

高価な理由は「実装コスト」

 このように、マイクロLEDテレビがきわめて高価になる最大の理由は、基板に大量のマイクロLEDチップを高効率に実装する手法がまだ確立されていないためだ。マイクロLEDチップは、サイズが数十μm角と極めて小さいため取り扱いが難しく、既存の実装技術では膨大な時間と手間がかかる。解像度8Kを実現するには約3300万画素が必要であり、1画素が赤・青・緑の3原色で構成されるため、8Kテレビ1台で1億個のマイクロLEDチップを欠陥なく実装しなければならない。

 加えて、例えば65インチで解像度8Kを実現するのと、440インチで8Kを実現するのとでは、実装技術の難易度が大きく異なる。実装しなければならないマイクロLEDチップの数は同じであるのに、65インチと440インチでは画面サイズが大きく異なるため、65インチではマイクロLEDチップの実装間隔(ピッチ)を限りなく狭くしなければならなくなるためだ。

サムスンは「2トラック戦略」

 こうした実装難易度の高さから、「マイクロLEDは、業務用の超大型ディスプレーならまだしも、家庭用テレビのサイズに採用するのは製造コスト面から無理」と見るディスプレー技術者もいる。確かに、現状では一般消費者が購入できる価格にまで製造コストを下げるのは難しく、実現のハードルはきわめて高いが、それでもマイクロLEDディスプレーの画質はすばらしい。

 ソニー、サムスンに限らず、マイクロLEDディスプレーを開発している世界中のメーカーやベンチャーが新たな製造技術の開発に心血を注いでおり、日本の製造装置メーカーや材料メーカーに多くの相談や開発依頼が寄せられている。

 先ごろ、サムスンはテレビ用の新型ディスプレーとして、有機ELの一種である「QD-OLED」の量産に5年間で13.1兆ウォン(約1.2兆円)の大型投資を実施すると発表したが、次世代ディスプレー技術としてQD-OLEDとマイクロLEDを開発対象の両輪とする「2トラック戦略」を進めている。今後の製造技術の進展度合いによっては、マイクロLEDが主役に躍り出る可能性も考えられる。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村 明宏