金融業界は気候変動を課題として認識してきましたが、今後はより一層の取り組みが必要です。

この数ヵ月間で気候変動に関する取り組みに、ある程度満足すべき進展が見られました。5月の欧州議会選挙では多くの国で緑の党が大きく党勢を伸ばしました。6月には英国のテリーザ・メイ首相が、英国が2050年までに主要経済圏の国として初めてCO2排出ゼロ社会を達成すると発表しました。

このような出来事は歓迎すべき進歩です。2015年に採択された地球温暖化に関する国際条約のパリ協定は、世界の平均気温の上昇を2度未満に抑えることを目標としています。この目標を達成するためには政治的な取り組みが必要ですが、それだけでは十分ではありません。

低炭素社会に移行し、パリ協定の目標達成を目指すために必要な新たなインフラ投資額は2030年までに100兆米ドルと推計されています。これだけの規模の事業を政府や公共事業体だけで進めることは不可能です。金融機関や投資家、債券の発行体が協働して気候変動問題に対処していく必要がありますが、これまでの取り組みでは十分とは言えません。

環境問題や持続可能な社会に対する金融業界の関心はここ数年間で大きく高まってきました。しかしこのような関心の高まりに見合う成長をグリーン資本が果たしているとは言い難く、2017年から18年にかけてのグリーンボンドの発行額の増加率はわずか3%にとどまり、18年末時点の発行額は計1,676億米ドルでした。また、サステイナブル・ボンドの発行総額は18年末で2,470億米ドルでした。

これらは大きな金額のように思われるかもしれませんが、気候変動を抑止するには十分ではありません。

このような状況を変えるためにはどうするべきなのでしょうか。まずは、金融を通じて環境対策を推進するグリーンファイナンスの事業モデルに私たちが自信を持たなくてはなりません。グリーン投資のリターンは他の同格の投資のリターンと一般的にほぼ同水準であり、上回ることさえあります。

政治の世界ではすでに環境問題が主要な課題となっているように、金融業界でもグリーンファイナンスが傍流から脱却する必要があります。金融業界ではグリーン投資は主流ファンドではなく、比較的小規模な商品分野として位置付けられるケースがあまりにも多く見受けられます。投資の世界である程度認知され、またソーシャルメディアで具体的プロジェクトが大きく取り上げられることはあっても、そのような動きだけでは投資の主流にまでは成長しません。

私たちの未来はサステイナブルな社会的プロジェクトにかかっていますが、このようなプロジェクトはすでに特殊でも特別でもなく、特異なものでもなくなりました。私たちは、このようなプロジェクトが当たり前のことになるようにしていかなければなりません。そしてCO2排出量の多い事業の比重を可能な限り小さくしていく必要があるのです。

サステイナブル投資への需要が拡大すれば、それに見合う供給の増加が必要になります。このとき投資家はある問題に直面します。何をもって本当にサステイナブルであるかどうかの判断を下すのか、またグリーン投資を自称する商品をどのような基準で評価するのかという問題です。

さらにどうすれば本物であると信頼できるのかという問題もあります。これらの問題への確実な解答が十分に用意されてこなかったことが、グリーン投資やサステイナブル投資の発展の妨げになっていました。

ここに、発行体が自らの責務としてディスクロージャー(情報開示)を改善していく意義があります。特に刺激的な仕事ではないかもしれませんが、ディスクロージャーはサステイナブルファンナンスの真の影響力を発揮させる鍵となり得るものです。適切なディスクロージャーは、投資家が投資配分を決定する際に多くの判断材料を提供します。

HSBCや他の金融機関は、グリーンボンドやサステイナブル・ボンドを起債する際のディスクロージャーの自主的基準を策定している気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に深く関わっています。これまでに合計で約34兆米ドルの運用資産を保有する340を超える投資機関が、発行体企業と協力してTCFD提言に賛同しています。今後このような動きがより拡大していく必要があります。

ディスクロージャーの改善により、投資家はグリーンファイナンス案件の健全性を一段と信頼し、グリーンボンドの需要が拡大し、より多くの起債を後押ししていきます。

私たちは自主的なディスクロージャーを支持していますが、それが機能することを証明するために民間セクターにはほんの僅かな時間しか残されておらず、今後ディスクロージャーが義務化される可能性もあります。規制当局がそのような方向に向かうのであれば、私たちは国際的に一貫した基準が設けられるように注視する必要があります。

グリーン投資拡大の最後の仕上げは、社会の中の一人ひとりにかかっています。有権者が選挙の際の投票行動で権利を行使するように、個人投資家は自らの資金の持つ力を行使しなければなりません。私たちは、住宅ローンや保険、年金といった日常的な金融サービスの利用者である消費者とさらに密接な関係を育み、グリーンファイナンスも消費者に提供していく必要があります。

すでに多くの国々において、供給電力の100%を再生可能エネルギーから発電している電力会社を消費者が選択することが可能になっています。個人投資家向けの投資商品やその他の金融商品にも同様の選択の自由があってしかるべきでしょう。そのためにも一段と充実したディスクロージャーが必要なのです。

消費者の環境問題に対する関心はますます高まってきています。私たちは必要な全ての情報を消費者に開示し、消費者が自らの価値観に合わせて金融資産に関する判断を下すことのできる状況を確実に用意しなければなりません。

環境問題が解決すれば、私たちの生活は全ての面で大きく様変わりすることになります。金融業界はその変化を促し、経済と社会のあらゆる階層に、そしてひいては政府、企業、個々人に影響を与えることの可能な特別な存在です。世界中のキャッシュフローを適切な場所に導くことができるのが金融セクターであり、私たちはグリーンファイナンス促進に果敢に取り組まねばなりません。

※この記事は2019年6月25日に The Daily Telegraph に掲載されたものです。

HSBCグループ グローバル・サステイナブル・ファイナンス統括責任者
ダニエル・クリアー(Daniel Klier)

HSBCグループ グループ・ジェネラル・マネジャー ダニエル・クリアー(Daniel Klier)