本記事の3つのポイント

  • 創立70周年を迎えた日本電子は、主力の電子顕微鏡に加え半導体分野などを中心に産業機器も展開
  • 産業機器の中心がマスク描画装置で今後先端分野で需要拡大が見込まれるマルチビーム方式では独占的な地位にある
  • 電子顕微鏡は国内市場の頭打ちで、海外市場に活路。とりわけ現在は中国市場に注力


 5月30日付で日本電子㈱は創立70周年を迎えた。今後、100年企業への仲間入りを目指すとともに、次なる70周年となる創立140周年に向けた、これからの成長戦略の青写真を披露した。

 同社は主力3事業でビジネスを展開している。①電子顕微鏡を主軸とする理科学・計測機器事業は成長の屋台骨(DNA)と称され、全売上高1113億円(2019年3月期)の約70%を占める。次に控えるのが②産業機器事業で、メーン市場は半導体製造分野。その戦略装置となるのが、電子ビームマスク描画装置である。③は医用機器事業で、その名のとおり、医用用途の各種自動分析装置を取り扱う。

 この3事業が持つ底力を引き上げることで、19年度売上高は18年度比6.9%増の1190億円、営業利益は同6.4%増の71億円を計画。そして21年度には売上高1340億円、営業利益100億円に持ち込み、次なる飛躍に向けてのジャンプ台とする方針である。

マルチビーム市場ほぼ独占

 本紙『電子デバイス産業新聞』の視点で見れば、注目はやはり産業機器事業で展開している電子ビームマスク描画装置の動向である。日本電子は2タイプの装置でビジネスを推進する。1つはマルチビーム方式で、もう1つはシングルビーム方式である。

 前者はIMSナノファブリケーション社(オーストリア)との共同開発装置で、最先端ロジックIC用マスクの作製に有効に機能する。微細化対応のみならず、高スループットも約束する。一方、後者のシングルビーム方式は日本電子の独自開発装置で、デザインルールは比較的緩いが、高信頼性を要求される車載デバイス用マスク用途で高い評価を得ている。

 マルチビーム方式の市場規模はワールドワイドで10台強。同方式は競合他社も限定されており、日本電子がほぼ市場を独占している状況である。顧客は台湾、韓国、米国、日本などで、マスクメーカーのみならず、マスクを内製する半導体メーカーもこの装置を導入している。課題は中国市場の攻略であり、その成果次第では、同社単独で年間10台の販売実績も具現化してこよう。

 今後、第5世代移動通信システム(5G)の通信環境が整い、ビッグデータを有効利用するIoTビジネスが普及するのに伴い、センシングモジュールを内蔵した制御用ICからクラウドサーバーに搭載されるMPUまでロジック市場は大きく拡大。また、クルマもADAS(先進運転支援システム)の進展とその延長線上に位置する自動運転、さらには駆動系の電動化など、車載用デバイスも市場を拡大している。日本電子の扱う電子ビームマスク描画装置の市場規模はさらなる拡大が期待できそうである。

TEM/SEMの半導体用途に期待

 日本電子のDNAで、経営の屋台骨となる理科学・計測機器事業。この事業が取り扱う透過電子顕微鏡(TEM)や走査電子顕微鏡(SEM)などは、大学や国の研究機関など、アカデミアの領域がメーン市場となる。実情、ここ10年間ほど国内市場規模に変動はなく、国策としてのR&D事業は低迷している。

 現在、同社が注力するのは中国市場で、科学研究に対する情熱や意欲も高く、中国の売上高は日本の売上高の4倍に達するという。また、レンタルやシェアリング、リユースなど、リファービッシュサービスの取り組みも強化中である。

 大きなお世話かもしれないが、TEMやSEMは理科学・計測機器事業に属するとともに、産業機器事業にも属する計測装置ではないかと思う。つまり、アカデミアのみならず、半導体市場にも巨大なマーケットが用意されていると考える。トランジスタをはじめとするデバイス構造の解析、あるいは半導体ファブにおける生産レシピの割り出しに、TEMとSEMは不可欠の計測装置である。これまで以上に、半導体市場への果敢な攻めを期待したい。

 電子顕微鏡関連でのトピックスは、日本電子、科学技術振興機構、東京大学の産官学連携で誕生した「原子分解能磁場フリー電子顕微鏡」の開発成功に注目したい。電子顕微鏡は測定試料を磁場雰囲気内で計測するため、磁石や鉄鋼などの原子構造の観測には不向きであった。今回、試料周辺の磁場抑制に成功し、直接観測を可能とした。日本が得意とする永久磁石や電磁鋼板、高密度磁気記録媒体など、磁性材料の研究開発に不可欠の電子顕微鏡となるであろう。

 そのほか、生産現場で活躍する卓上SEMも見逃せない。光学像からSEM観察へのスムーズな移行、さらにリアルタイムでの元素分析と3次元構築も可能とする。「誰もがSEMを操作できる」をコンセプトに誕生した電子顕微鏡である。また、クライオTEMは1.54Åの分解能を達成。タンパク質構造解析市場でのシェアアップを目指すことになる。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 松下 晋司

まとめにかえて

 日本電子がIMSと共同で展開するマルチビーム方式のマスク描画装置は、EUV露光技術の量産導入を前に最先端プロセス向けのマスク製造で市場拡大が見込まれています。記事にもあるとおり、日本電子/IMS連合は同市場で独占的な地位にあります。一方で半導体マスク描画装置で競合関係にあるニューフレアテクノロジーはこのマルチビーム方式で出遅れ、シェアの低下が懸念されています。マスク描画装置市場全体では、ニューフレアのシェアが現状では圧倒的ですが、今後マルチビーム方式の普及が進めば、大きなシェア変動もありそうです。

電子デバイス産業新聞