米中貿易摩擦が注目を浴びている。米国は5月10日、中国からの輸入品2,000億米ドルに対する関税を10%から25%に引き上げた(500億米ドルに対しては既に25%の関税を発動済み)。中国は即時に報復措置を発表し、昨年9月24日以降5%~10%としていた米国からの輸入品600億米ドルに対する関税を最大25%に引き上げた。

今回の関税引上げ直後に米通商代表部は、さらに3,250億米ドル相当の中国からの輸入品に対して制裁課税を発動することを検討していると述べた。一方、昨年の米国による中国からの輸入額は5,400億米ドル程度であった。したがって、検討されている追加関税は、テニスシューズから携帯電話に至るまで、今年中国が米国に輸出する残るすべての品目が対象となる模様である。

一方、米中の対立は貿易にとどまらず、技術や公正な競争、安全保障をめぐる問題にも広がっている。5月中旬には、米国が、国家安全保障に脅威をもたらし得る外国の敵対勢力による米国の通信ネットワーク、その他技術の利用を禁止する大統領令を公布した。

米商務省は、中国最大の通信機器/スマートフォンメーカーとその関連会社70社を、米国にとって取引をすることが好ましくない相手として、「エンティティ・リスト」に追加した。このリストに追加されると、企業はライセンスや米国政府の承認なしに、米国の技術を利用できない。

米中貿易摩擦の中国経済への影響については、対処可能と見ている。当社の試算では、中国製品に対する15%の追加関税は、その後1年間の、中国のGDP成長率を0.2~0.3%押し下げるに過ぎない。但し、この数字には長期的に重要な影響をもたらしうるサプライチェーンの再構築といった企業の景況感や投資に与える影響は考慮されていない。また、携帯電話や監視システムのような商品の電子サプライチェーンは、米国製の半導体やソフトウェアの購入制限により混乱をきたすだろう。

最近の関税引上げとその対象製品の拡大も、投資家にとっては懸念材料である。これが米国のインフレ見通しに影響を与え、それがひいては連邦制度理事会(FRB)にハト派姿勢の転換を促す可能性もある。

期待と現実

米国と中国は最終的に合意に至るだろうが、その時期や合意の形および条件、実施の詳細については予測が困難である。手続きに必要なスケジュールから計算すると、新たな関税引上げは6月下旬から7月上旬までは実施されることはないだろう。両国の閣僚レベルは6月28日~29日のG20大阪サミットまでに協議を進めたい模様であり、サミット開催中に両国首脳が会談し解決策を発表することが期待されている。

金融市場は貿易摩擦に関する新しいニュースが流れるたびに動揺しているようだ。米国国債利回りは大幅に低下したが、これは米中貿易摩擦と世界経済の減速への懸念から、安全資産として投資家に買われているためである。

一方、投資家は、米中通商交渉が続く中で、企業収益と経済成長の鈍化による株価の下落リスクを織り込み始めた。消費者や農業などの一部セクターが追加の関税引上げの影響をまともに受けるからだ。とりわけ2020年の米国大統領選挙が近づく中で、米中関係は必ず争点となることから、投資家は地政学的な不透明感が長引く事態に対処する必要があるかもしれない。

人民元の価値

人民元は2019年1-3月期(第1四半期)に2.5%上昇した後、米ドル高の流れを受けて5月には2.5%の下落に転じたため、中国国内では通貨の価値をめぐる議論が活発化している。

中国は外貨準備の大半が米ドルであり、米国債を大量に保有しているが、人民元が対米ドルで大きく下落すれば、当局は保有する米国債を売却することで、人民元買い・米ドル売り介入を行うことが考えられる。世界第2位の経済大国である中国は現在、米国の国債発行残高16兆1,800億米ドルの7%ほどを保有しているが、この割合は過去14年間で最低であり、2011年のピーク時の14%を大幅に下回る。

足元の政策とマクロ環境は、貿易摩擦が悪化した昨年ほど人民元にとって悪くはない。しかしながら、人民元の下値圧力が強く、仮に米国が輸入する中国製品3,250億米ドルに追加関税が発動されれば、心理的な節目である1米ドル=7人民元を割り込む可能性もあるだろう。